
取材終了後の感想「温暖化について」
取材をする前までの「温暖化」についての知識は人並みだったと思う。
二酸化炭素が増えていて、それが温暖化の原因のひとつであること。
氷河が溶け出していることなどなど。
でも、疑ってもいた。本当に、海面は上昇するのか。
取材するにあたり、研究者の方々には、「世の中に本当に伝えたいこと」があるはずと思っていた。
だから、取材するたびにこうした質問をしてきた。
ただし、大きな勘違いがあった。それは、「不確実性」というもの。
温暖化の予測が100%じゃないこと。故に、100年後の気温上昇予測にも大きな幅があること。
加えて、人間が低炭素社会でいくのか、このままの消費社会を続けるのか、といったシナリオを選択することで、
未来は(温暖化は)変えられるということもわかった。
「温暖化に教えられた」という気がした。それは、2つ。
1つは、未来はひとつじゃないこと。
もう1つは、温暖化をきっかけにいろいろな問題を考える契機になったこと。
江守さんが述べていたように、「温暖化をきっかけにして新しい世界をつくっていく」というのが、とても目からウロコだった。
逆に言うと、温暖化問題は、様々な問題が複合的に絡み合っていることも意味する。
また、言われて気づいたこともあった。
温暖化は、「目に見えない」「モラルの問題じゃない」ということ。
そう考えると、視聴者に温暖化を他人事にさせないようにするにはどうしたらよいのか。
特に、若者に対して。
ただし、ツバルやシロクマの映像を見せても、使い古された遠い国のおとぎ話になってしまう。
聞いたことがない事実で、注意喚起することはできないか。
でも、それでは、ただの恐怖訴求にしかならないか。
その狭間を行ったり来たりする。
松本さんの言葉を思い出す。
「しなきゃいけないことだらけだと人間は悲観的になる」
確かに、そうだ。対策やしなきゃいけないことは、みんな十分に知っている。
個人の意識改革も、産業構造の改革も、
未来をどうするのかという「デザイン」なしではあり得ない。
その「デザイン」は、未来は選択できるという前提の上に成り立っているはず。
映像でどこまでそれを表現できるのか。
起承転結させることができるのか。問題提起だけにとどめるのか。
石原さんの言葉を思い出す。
「見た人が(温暖化を)どうなっているんだろう、って思うようなプレゼンをしたい」
同感だ。
今回の映像も、見た人が温暖化について考える契機にしたい。
ただし、一歩踏み込んで、温暖化は「止めることができる」を織り込みたい。
よし、企画にしていくぞ。

●「RESET」
温暖化を止めるためには、スイッチをON/OFFと切り替えるくらいの劇的な意識転換が必要ではないか、というのが出発点です。
自分の周りを「RESET」しようとするが、実は、「RESET」するのは、自分の方だった、と気づく話しです。
●「What's ONDANKA ?」
これも「オスメス」と同じく、「温暖化を正しく知ろう」がメッセージです。
それを強く残すために、逆に何でも温暖化のせいにする男を描いて、「温暖化って本当はなんだ?」と思わせることを狙いました。
●「オスメス」
稲という身近なところにも温暖化の影響が現れていることが物語の入り口です。
そこから男女の仲にまで飛躍することで、温暖化を他人事にさせないこと、知らないうちに進行している柔らかな恐怖を表現できればと思っています。
●「2222年」
温暖化のない未来をデザインし、みんなでそれに向かっていこう!がメッセージです。
とにかく前向きに、小学生の自由な発想に期待する企画です。










